町会の歩み

町会が創立された昭和2 9年は終戦から9年近くが経ち、日本の街並みはバラック建ての建物がなくなり戦後復興のスタートとなった年でした。

娯楽と言えば映画館が全盛期を迎え始め、黒沢明監督の「七人の侍」や「山椒大夫」がベネチア映画祭で受賞し特撮映画「ゴジラ」が登場、街角ではテレビ放映が始まり、力道山の空手チョップでプロレス人気が急上昇した時代でした。しかし、悪いニュースもあり、米国のビキニ環礁の水爆実験で「第五福竜丸」の乗組員が被曝したり、青函連絡船「洞爺丸」が台風1 5号の影響で沈没し多くの犠牲者が出ました。そのような時に、日本ピストンリングは元郷地区を本拠として戦災を乗り越え、住民の生活基盤も社宅間の交流が盛んになり、現在の8班、9班の皆さんが中心となって互助会的集まりから町会設立に至りました。

昭和33年には台風33号が襲来し、芝川が氾濫、元郷地区はひざ上まで浸かるほどの大洪水でした。また、用水路や池があり、蚊が大量発生し、不衛生な環境下であったために、町会が中心となり定期消毒を行いました。このことから環境衛生模範町会としての「知事賞」を受賞し、創立2 0周年の翌年には厚生大臣から環境衛生の表彰を受けました。住民の皆さんの強い絆は今日まで脈々と受け継がれて来ました。

昭和53年当時、現在の町会会館の場所には「交番」がありました。地主で正覚寺の澤口氏、神山氏、相原氏のご厚意によりこの土地を借り受け建設に着手、地域の皆様の多大な寄付金や積立金により昭和5 9年創立3 0周年の年に町会会館を落成することができました。

創立4 0周年には当時の永瀬洋治市長、5 0周年には、岡村幸四郎市長、そして創立6 0周年には、奥ノ木信夫市長と歴代の市長さんをお迎えし、記念式典を開催することが出来ました。

現在、町会内には大型マンションが 8棟あり、8班、9班の皆さんも世代交代しています。また近年町会役員を中心に有志によるスクールガード組織が結成され下校時の児童を見守っています。私たちの地域を安心・安全な街「住んで良かった元郷」と言われるように、皆さんのご協力を得ながら、更なる進化した町会に発展していきたいと願っております。